2005年09月27日

更新停止のお知らせ

 お久しぶりです。出口です。

 このブログ「筒抜本通り」の更新を停止することにしました。

 理由は二つあります。まず、はてなダイアリーの「筒抜通り」に軽くメモ書きする方が今の生活ぶりに合っていること。それから、メモとは別にもう少々時間をかけて文章を書きたくなった場合、ファイルが手元(パソコン)に残らないブログだと、何だか物足りないということです。

 観賞記録(軽め)は、今までと同様「筒抜通り」に書いていきますが、観賞記録(うっとりめ)は当分お休みです。といっても、軽めとうっとりの違いを本人もうまく説明できませんから、お読み下さっているみなさまにとっては、一本化しただけであまり変わらない状態かもしれませんね。

 こちらのログはしばらくこのままにしておきます。再出発する時はHTMLファイルで、と思っていますので、その気になったらあらためてこちらでもご挨拶します。

 読んで下さってありがとうございました。それではまた。
【関連する記事】
posted by 出口 at 19:43| Comment(30) | TrackBack(0) | 日誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月10日

顔を忘れた目

 金曜、『ノミ・ソング』を観た後でレオノール・フィニ展に寄り、それからシネアミューズのレイトショーで『9songs』を観て、酒臭い満員電車に乗って帰宅。すぐ寝つけず、読書する集中力もなく、あちこちで集めてきた映画のパンフレットを眺めてしばらくぼんやりしました。

 『9songs』は最終日で、なかなか盛況でした。旬どころのミュージシャンのライヴ映像と「セクシャルな恋愛描写(パンフレットの表現)」。見どころが明快だよねと思いつつ、ネットで読んだ「単調すぎる」という評を思い出しながら入場しました。
 話にはいちおう額縁があり、青年は現在南極にいて、氷の世界で重装備して仕事中。別れた彼女を思い出している。知り合ったのはライヴだった……でライヴ映像に入ります。どうやって知り合ったのか細かい説明はなく、恋愛ドラマらしいエピソードもなく、とりあえずだらだらとセックス。退屈だからセックスするのか、そもそもセックスが退屈なのかというようなことを考えてしまいます。カップルは会話らしい会話をしないのに、ミュージシャンは自意識過剰な誘惑者然として口数が多いのがおかしい。「俺は孤高で信奉者はいっぱいいるけどお前しかいない」というような歌はお気楽な二人と無関係で、ただのBGMのようでした。
 彼女が転がりこんできて彼は食う寝る遊ぶでもてなす。最初から長くはないような、友達とも恋人ともつかない縁の薄い関係が、さてどこで終わりにするかという段になって微妙な緊張感が走りだします。彼は仕事から帰ったら会えるつもりでいたけれども、彼女は国に帰ると言いだす。見送るなと言われたからどこへ行ったかわからない。
 恋愛描写の方は、セクシャルというより身も蓋もない映像が長々と続きます(特に後半)。色々な意味できついなーと思ったのは、「ごはんができたよ」と寝室に呼びに入ったら彼女はバイブで遊んでいて飯どころではなく、うんうん言っているのを心底呆れて悲しそうな目で眺める場面。ウィンターボトムの映画では、男性が女性を見つめたおす印象的な場面がいくつかありますが(『I Want You』で前科者が美容師になった元彼女をサロンのガラス越しに凝視したり、『日陰のふたり』だとくわえ煙草の文系女子を文系男子がほげーと見ていたりする)、今回はこうですか……。たしかこのシーンの前後でフランツが「Jacquline」を演奏していて、顔を忘れた目の視線のドラマを歌うイントロがなかなかしみじみとはまっています。急展開して「休日が最高だ もう金のない時にしか働かない」と酔っ払いナマケモノの歌になるのが面白すぎる。
 音楽とセックスというわかりやすい快楽に微量のドラマを入れた変なバランスの映画です。音楽は刹那的なものと深情けの間をふらふらする人間を映す鏡の役割を果たしていましたが、セックスはそんな心情をまったく描写していませんでした。
posted by 出口 at 13:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月09日

カルト芸人一代記

 イメージフォーラムで、アンドリュー・ホーン監督『ノミ・ソング』、クラウス・ノミの伝記映画を観てきました。ユーロスペースの『オーギュスタン恋々風塵』と迷いつつ、こちらの方が週末らしく派手でいいんじゃないかと軽い気持ちで選びました。
 ライヴやプロモ、楽屋風景やすっぴんインタビューなどの資料映像に、レコードデビュー前からのスタッフ、血縁者や友人のコメントを添えたもので、ヒストリー・チャンネルの伝記番組のような構成です。私はクラウス・ノミについて、名前と顔とファルセットで歌うことぐらいしか知りませんでした。コメンターたちは一様に、ノミにアーティストとして尊敬の念を捧げているけれども、世間的にはミュージシャンというより芸人として扱われた人だったことがわかります。キャラは有名になったが一発屋扱いでなかなかレコードデビューできず、音楽が仕事じゃなかった頃よりも貧乏で、好きなパイを焼く生活の余裕もなくなっていったというルームメイトのコメントが痛々しい。一方で、ヒット曲を書いたスタッフをクレジットしない、報酬もよこさず2度も騙した最低な奴という話も。
 フランスRCAからレコードデビュー後、ヨーロッパで売れっ子になってドイツのバラエティー番組に出演した時、たまたま見ていた伯母さんは「クラウスったら生活のためにこんなことを」と驚いたと語っています。ノミはもともとオペラ歌手を目指していた人、大勢の前で着飾って歌って注目される華やかな生活は楽しんでいても、安い色モノロックの芸風は不本意だったんじゃないかという気がします。円い扇を手に鏡の前で歌う楽屋シーンなどは、細かい仕草から流し目まで婀娜な歌姫そのもので心底楽しそう。一方、初期のパフォーマンスは、男性ダンサーを従えた踊れるテクノ歌謡という感じで、可憐なようなこわいような、引きながらつい見てしまう不条理ギャグのおもむきです。後期は芸風を変えようとしていたようで、トレードマークのプラスチック製鎧スーツを襞つき襟の宮廷人スタイルに着替えて真剣にアリアを歌う姿がありました。胸を打つ非常に美しい声だけれども、宇宙からきたピン芸人という設定とこういう生真面目さとは相性がよかったのかやっぱり疑問です。もっとも、カルト芸人かアーティストかよくわからないポジションのまま本人が亡くなってしまったわけですが。
 デヴィッド・ボウイにとってノミの芸は、サタデー・ナイト・ライヴの一発芸に使い捨てただけのものだった。ノミの繊細さゆえに、そんな残酷なエピソードにも何だか甘美なものがあります。

関連リンク:
-『ノミ・ソング』オフィシャルサイト(elephant picture) イベント情報、「STUDIO VOICE」のレビュー、ノミのライムタルトレシピ。
-「夜目、遠目、幕の内」(石公さん)「木星のボビー、火星のクラウス」 映画の構成やエピソードの詳細な紹介。
-「映画と文庫とMDと」(冬のマーケットさん)>『ノミ・ソング』 DEVOやニナ・ハーゲンを挙げてノミの立ち位置に言及。
posted by 出口 at 14:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月08日

いつもの車窓から

 今日は仕事を休みました。二度寝するかどこかへ出かけるか、出かけるための調べ物でもする気でいたのですが、こういう時にかぎっていつもの朝のことを思い出します。
 1週間ほど前の話です。通勤電車で、入れっぱなしのMDがタキシードムーンの「Train」にさしかかり、列車に乗って列車の歌かい、と通勤本から気がそれた。その拍子に、半年ほど前に図書館で読んだ本を思い出しました。それは『金曜日の砂糖ちゃん』という絵本で、もともと子供向けのものがどうしてか一般の美術書コーナーに分類されたらしい。前に本屋で探した時に見つけられず、こんなところで会うとはという感じでした。
 1冊に3つの話があり、どこかでひとりで昼寝をする、学校帰りに何かを見つける、どこかへ出ていくと決めて行ったきりになる話をひととおり読んだ後、私は最初の昼寝の話を反芻しながら「現実的に考えると砂糖ちゃんは保育所に預けられているようだけど、そういう背景がすごく曖昧になっている。ちょうど半睡状態の意識のもやもやと同じ質感になっていて、リアリティがある」などとだらだら考える。そしてとりあえず「いなくなる絵本」とラベルをつけて、頭の隅に置いておく。それが、列車に乗って列車の歌を耳に流し込んでいる自分を意識した拍子に飛び出してきたという……話がさっきと同じところを回ってます。ちなみに、タキシードムーンの曲はくつろいで列車に乗る夢を語って聞かせるもので、同じ列車でもP-Modelの「降ろせ!」な曲だったら、絵本を連想することはなかったでしょう。
 ところで、絵本を引っ張り出したのは列車の曲だけではなく、とある短篇小説も荷担していました。「のぼりとのスナフキン」というタイトルで、通勤電車を途中下車する勤め人の話。彼は仕事に支障がないよう、あらかじめ余裕を持って寄り道する。エスケープでもずる休みでもない。川べりで釣り人と並んで煙草を吸いながら、「きょうも」行く場所と帰る家を持ってしまった身としてスナフキンのさすらいに憧れる。でも、スナフキンが嫌っている家というものだってけっこう面白いと思う、と語り手のポジションが微妙に揺れるものでした。
 音楽と短篇は「列車」つながり。短篇と絵本は無難に「寄り道」つながりか? 言葉に関して派手好きの私としては「行方不明願望」つながりと言いたい気もしますが、のぼりとの人はそういうものを甘えだと考えていそうです。
posted by 出口 at 11:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月23日

ぼくの妻はイングリット・カーフェン

 『黄金の声の少女』という本を柳下毅一郎さんの「映画評論家緊張日記」で知って即買いました。
 主役はイングリット・カーフェン、彼女の元夫ファスビンダー、プロデューサーのジャン=ピエール・ラッサムが主役級で登場、サンローランやウォーホルが時々あらわれ、現夫ジャン=ジャック・シュルが変名で語り手をつとめています。ナレーターはセレブ好きのスノッブを自称していて、派手で気取り屋で法螺吹きのクリエイターたちの仮装行列をものめずらしいエピソードや名台詞満載でレポートしてくれますが、友人知人自慢の中にも微妙に冷めたところがあるのがかえっていい味です。きょうびは世知辛くて70年代の頽廃ゴージャスの心意気が通用しないと嘆きつつ、90年代末の日常生活もそう厭わしくないものとして描写していて、思い出一辺倒じゃなくうまくバランスを取っていると思います。
 頻繁に前へ後へ時をかける記述の中で、ヒロインのキャラクターは、ステージでは妖婦だがお茶目でタフな女性という感じでした。印象に残っている箇所を挙げるときりがありません。サンローランとスイートルームと鍋事件、街中で肺レントゲン写真を広げるくだり、公園で「アイーン」と叫んで新しい声を発見するまで、昔の自分を思わせる少女に花束贈呈された時の意外なリアクション等々。
 この本が書かれるきっかけは、ファスビンダーが死ぬ直前に殴り書いた歌姫の箇条書き伝記だったそうで、その顛末は堕ちていく女の物語で呪いじみていたとか。作家の分身である語り手がこの呪いを解読しようとし、引き継ぎを決意したあたりから俄然面白くなります。取材などの作業を経てMacのディスプレイに文字があらわれ、上梓されてはてはネットの塵となり、ああだこうだ言われるのももう目に見えてるんだよ! とか。執筆中にイングリットから、「このわたしは、本物のわたしは、あなたの頭から消えてしまったのね!」*と文句言われて、「なんだか聞いたことがあるような話だな……」と、妻の絵を描いたらリアルすぎて本人が死んじゃったポオの話を長々と語るくだり(ほんとに人の話を聞いちゃいねえ)も最高で、意外にも親しみやすく、楽しく笑わせてもらいました。

* ジャン=ジャック・シュル、横川晶子訳『黄金の声の少女』、新潮社、2005年(原著2000年)、p. 292。


関連リンク:
-原書『Ingrid Caven』 http://www.amazon.fr/exec/obidos/ASIN/2070759482/ レビューではかなり好き嫌いが分かれていて興味深い。元ネタがわからないからという理由のほかに、断片形式や語り口の冷たさに違和感を覚えるという意見も。
-著者インタビューhttp://www.fnac.net/le_goncourt_des_lyceens_2000/auteurs/schuhl_4.asp 伝記の形式に関して意見を求められ、ミシェル・レリス『ゲームの規則』を引き合いに出している。
-イングリット・カーフェンのアルバム『Chambre 1050』
posted by 出口 at 21:23| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月20日

音楽バトン

 『死んだ恋人を捜して』の間瀬純子さんからMusical Batonをいただきました。ありがたく頂戴します。私はあまりいい音楽ファンではありませんが、もともと好きな話題なので喜んでいます。

【Total volume of music files on my computer (コンピュータに入ってる音楽ファイルの容量) 】
 2GB。
 iTunesではなく、Open MG Jukeboxというソニーのネットワークウォークマン向けソフトを使っています。4、5年前のものです。ディレクトリの編集など使い勝手がいまいちで、MDLPが普及してからは放置状態に。

【Song playing right now (今聞いている曲) 】
 4番目の質問のために、いろいろな曲を脳内試聴中でわけがわかりません。

【The last CD I bought (最後に買ったCD) 】
 Blaine Reininger『Broken Fingers』
 まだあまり聞いてなくてコメントできません。Tuxiedomoon一派の音楽は、今時分や秋の長雨の頃、湿度が高い気候によく合うと思います。

【Five songs(tunes) I listen to a lot, or that mean a lot to me (よく聞く、または特別な思い入れのある5曲) 】
1 「雨の遊園地」 
「みんなのうた」で中尾ミエが歌っていた童謡。母いわく乳幼児期に私が気に入っていたそうだが、まったく記憶にないのでかえって気になっています。かわいらしいAメロとどんよりしたBメロの落差が幼な心をつかんだのか? 人気のない遊園地に女の子とすずめがいて、遊具に雨が降りかかるさまを描写した詞が短編映画風でした。

2 David J「Too Clever by Half」
 バウハウスもラヴロケも好きですが、一番よく聞いたのはこの曲が入っているソロの2ndでした。上擦りかかった細い硬い声で「僕は時々小賢しくなる」というようなことを語りかけつつ軽く自嘲しつつ、鳥のさえずりを残してアコギとともに走り去る。よいです。
 →『Crocodire Tears and the Velvet Cosh』 一度CD化されてたような記憶がありますが、中古でもあまり見かけません。もったいない! タイトル曲だけ『On Glass』に。

3 Momus「Marquis of Sadness」
 ライター・イン・レジデンスでいらした作家先生の鍵のかかる部屋には下手くそな詩を手に若い娘が引きもきらず、というシチュエーション。インテリミーハーの女の子たちになまあたたかい視線を注いだ後、アルバムの次の曲「Bluestocking」でエロティック文学に詳しい女性を讃えまくる底意地の悪さが素晴らしい。
 →『Hippopotamomus』

4 『都風流』(長唄)
 ロックを聞かなくなり、一時純邦楽に走った大学時代に知りました。町の日常風景を描写した箱庭のように美しい曲で、きれいなだけじゃなく軽快でもある。雪の浅草寺の一節にそって合方がフェードアウトするのに驚きました。

5 Wire「Lowdown」
 この曲を聴くと、「自分が腹を立てていることに対して腹を立てている」という精神状態を連想します(作り手がそのような状態だったとは言いません)。気が短いのに妙に気が回ってもいるというか。非常にものが言いにくいそんな状況を、簡潔かつ繰り返しに耐える形にしてくれたような気がして、痛快です。
 →『Pink Flag』

【Five people to whom I'm passing the baton (バトンを渡す5名)】
 気が乗らなければどうぞ黙ってスルーして下さい。回答いただけたらラッキーぐらいの気持ちです。
 sleepycatさん http://sleepycat.jugem.jp/ 「出口って誰?」と思われるかも知れません。以前、しらたきという名前でお邪魔しました。
 絹子さん http://d.hatena.ne.jp/moony/ http://moony.jfast1.net/ 何年か前から日記を拝読しています。お話したこともないのに不躾ですみません。
 beatrixさん http://beatrix.jugem.cc/ すでに回答していらっしゃいますが、「Five songs...」の項目のみ、キュアー版をうかがいたいとわがままを言ってみます。
 あと2名分は、もしこちらをご覧になっている方で回答したい方がいらしたらお渡しします。
posted by 出口 at 00:00| Comment(5) | TrackBack(1) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月03日

2005年 春バラの手帖

 ベランダのバラが、遅咲きの1株を残して春の1番花を終了しました。いいもの見せてもらった記念に、この春撮りためたバラの画像をまとめておきます。携帯電話のカメラなので、色が偏るなどモデルのよさをとらえそこなった点はご勘弁下さい。

 まず、5月末に神代植物公園で撮ったものをダーッと。今年は連休の後に少し冷えこんで、イベント開催(5/14〜22)から1週間ほど花期が遅れたそうです。私は21日に出かけました。
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 上の2枚は、人気投票コーナーにエントリーしていた名なしの新種です。残念ながら、受付時間外で投票できませんでしたが。
 名なしその1。アイボリーとペールピンクのコンビで、尖った花弁がマジパン細工のような質感。露を浮かべたところも見てみたいです。
 名なしその2。平たいロゼット咲きで、淡いアプリコットから明るいピンクの微妙な色合いが印象的。縁がかすかに白っぽく、花弁の密集具合が強調されていて面白いです。

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 つるバラの壁。どれも完璧な形で咲いていて、一つずつアップで撮影してもいいくらいでしたが、敢えて群れとして眺めるのも贅沢で気持ちいいです。フラウ・カール・ドルシュキというドイツ名前の品種です。男名前のカールにどうしてフラウがつくのか疑問なんですが、「菅原孝標女(すがわらのたかすえのむすめ)」みたいな表現なのかな。

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 オールドローズのコーナーから、ピンク系のローズ・ド・メイとロサ・ポミフェラ。かなりオレンジがかった画面になってしまいました。よく言えば古雑誌みたいでレトロな風情がある……かも。この日は天気がよくて色が飛びまくり、三脚撮影部隊の人たちもかなり苦労している様子でした。

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 白飛びしつつもかろうじてピントが合った貴重な白バラ、アルバ・マキシマ。ヨーク家の白バラ紋の元になっているとかいないとか。ふくよかに咲いてます。寝床にしたい。
 神代植物公園の巻はここまで。

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 オールドつながりでモスローズを1枚@都内某所。太い花茎に堂々たるモスっぷり、花色はディープマゼンタ。形も色も押しの強いバラですが、野趣があって何だか親しみやすいです。

 ここから先は自宅ベランダで撮ったものです。
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 粉粧楼、グラミス・キャッスル、グリーンアイスの白っぽいトリオ。
 粉粧楼は、もう少し咲き進むと内側のピンクが鮮やかになって非常に愛らしい。この株は春先にうどん粉病で粉まみれになってしまい、夜、室内に取り込んで酢で患部を拭くなど色々あったもので、開花の喜びもひとしおでした。
 グラミス・キャッスルは、複数のつぼみが整列してろうそく台のように見えます。外側の大きな花弁がハート型で、しなだれてくるとお茶目です。花茎だけ見れば端整な印象ですが、ここから下は表面積の8割ほどが硬い棘で、素手で触ると確実に怪我する危険なバラです。
 グリーンアイス、カメラの前にしょっぴいてきました。冷気にあたるとピンクがかるのですが、これはどちらかと言えばアイボリーが強い。花弁が光合成して淡い緑を帯びるのが名前の由来だとか。この花はこの後、クリームソーダっぽくなりました。

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 最後に、不思議な色のミニバラ3態。
 つぼみの頃は内がアイボリー、外がカフェオレの色違い。咲きすすむにつれて外側のコーヒー色が花弁全体に分散していきます。花全体を見ると、コーヒー的なものを中央に残しつつ、もやもやした色合いを展開していく感じ。けっこうかさ高です。赤味はほとんどなく、牛乳を入れたコーヒーそのままの色、または黄土色。咲き終わりにはごく薄い藤色に落ち着きました。気温その他の条件によって色合いは変わるそうだけど、今回はかなり渋いたたずまいです。
 こちらは国産品種ながら「レトランジェ」、異邦人(性別:男)という意味のフランス語名前がついてます。太陽が眩しいからKillng an Arabなあれですね。たしかに何考えてるんだかわかんないもやもやした雰囲気があります。色や姿が変わるとそのつど言葉で描写したくなるような気になる花です。
posted by 出口 at 19:55| Comment(0) | TrackBack(2) | 植物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月14日

ソビエトのカウボーイ・スター

 今、ディスカバリー・チャンネルで「ロックミュージックの歴史」というシリーズを放送しています。そのうちの1本に、世界各地にロックが伝播していくさまをまとめたものがあり、なんとなく眺めていました。番組は「ロックは反体制の象徴であり、若者は音楽に鼓舞されて軍事政権や共産主義と戦ったのであった」という歴史観に拠っています。
 アフリカ、アジア、南米、東欧とめぐっていくなかで、60年代に共産主義者になってソ連にわたったディーン・リードという人がちょっとだけ登場します。この文脈では当然、馬鹿者&悪者扱いです。ソビエト共産党の肝いりでレコードを出し、10数本の映画に主演もした官製アイドルとのことで、真っ赤なオープンカーに女の子をはべらせながらカントリーっぽいロックを歌う姿はギャグのようですが、本物のアメリカ人だわ! とうっとりした女の子もいて、全盛期、ブロマイド交換レートは、ソ連のスター5:ディーン・リード1だったとか。
 リードの主演映画はウェスタンもので、カウボーイハットに一昔前の高校生が携帯につけていたような動物の毛の飾りをぷらぷらさせ、Gジャンもおろしたてみたいで安い感じです。動きもぎこちなく、数10秒の映像ながらエクスプロイテーションの匂いが濃厚でした。なぜかクレジットも英語。当時、西側文化製品へのニーズに対して、密輸入されるくらいなら自前で供給しようということだったのか。この映像を見ながら思い出したのは、オルドリッチ・リプスキーの映画『アデラ/ニック・カーター』『レモネード・ジョー』に出てくる、デフォルメされたアメリカ人キャラでした。リプスキーの映画はほのぼのとした脱力系で、外国かぶれの滑稽さと切実さがさらっと描かれていて深いとも思ったものでしたが、そのキャラクターがこういう形で実在していたとは。

関連リンク:
Bear Hunt(山田庸子さん)>「レッドエルビス」と呼ばれた男 Dean Reed/ディーンリード そもそも南米で人気があり、ソ連から東ドイツに移住して妻子と落ち着いたものの、謎の死を遂げたという。なんと「ドリームワークス製作トムハンクス主演で蘇る」そうで、非常に興味深いです。
posted by 出口 at 11:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月05日

どこまで行っても嘘がある

 COOL ONLINEから引っ越してきた出口です。こちらはCSSの項目が多くて気が遠くなります。レイアウトが整うまで時間がかかると思いますが、どうぞよろしくお願いします。

 明日は出勤、連休最後の夜を日誌の更新にあてるわけですが、先週の金曜から今まで何をしてきたかといえば、内職の編み物、テレビにビデオ、ベランダ園芸におさんどん。地味ながらなかなかバラエティに富んだGWでした。

 1週間といえば、ちょうどビデオを借りて返しに行く間です。テレビ画面で何本か見た映画のうち、吉田喜重『秋津温泉』『告白的女優論』がとりわけ後を引きました。前者は『雪国』にも似た煮え切らない男女の不毛な桃源郷絵巻、後者は異性に対する不可知論をファッション雑誌の絵柄とワイドショー的な暴露内容のミスマッチで展開していくもので、好対照です。
 『秋津温泉』は、前半の少女の真っ赤なマフラーとクライマックスの川辺の桜の色が印象的で、濃い蕾の色がが散る頃にはすっかり淡くなる、花の色が褪せていく過程をメロドラマにした様式美の世界です。これはやっぱり桜の時期の前後に見るべきでしょう。『告白的女優論』は、性にまつわる暗い過去がすべて捏造された女の勲章にすぎないという皮肉っぽいタッチで、台詞回しも挙動も凍ったようにによそよそしい。陶酔にしろ冷感にしろ、どちらもフィクションの中毒性を扱った話でした。
posted by 出口 at 20:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月12日

いずれ終わる夏休み

 先週末、久しぶりに映画を観に行きました。テアトル新宿のレスリー・チャン特集の1本で、『嵐の青春』というすごいタイトルです。以前、何かのおりにネットで「過激派が切腹する破天荒なストーリー」だと聞きかじっていたので、正直、観賞動機にはものめずらしさもありました。見終わった後でこの気分は微妙に変化したのですが、そのことはまた後で。  美しいブルジョワ姉弟*がそれぞれに新しい恋人を見つけてのほほんと発情する、前半はただそれだけの話です。プールで監視員をからかったり、通りすがりの女の子の別れ話に付き合わされたり、いつか見た青春エロコメディ風のエピソードが続きますが、いずれ終わる祭りだとわかっている刹那的な雰囲気もあってひりひりします。お金持ちのぼんぼん、ルイス(レスリー)がベルリン時代のデヴィッド・ボウイの写真を壁の真ん中に寄せ張りしていたり、女の子たちのノンシャランな薄着や夢のような蚊帳の質感など、ウィリアム・チャンの美術がいい味出しています。それから、従姉役のパット・ハーがじゃじゃ馬(死語)かつお姉さんぽい余裕しゃくしゃくの態度で、どう見ても高校生なレスリーと好対照。彼女が車のルーフに仁王立ちしてパンツいっちょうになるシーンがあるんですが、たとえパンツが色気のない白無地でも、身のこなしがかっこよくて爽快です。それにしても、香港では基本的にポルノ以外で女優は脱がないはずなのに、布の面積が狭かったり透けたりするのはいいんでしょうか。
 この話に前述の過激派がどう関わるかというと、姉さんのキャシーが日本で服飾を学んだ日本かぶれで、日本人の彼氏が赤軍のメンバーだっていう設定なんでした。ラストでは、お菊人形のヘアスタイルの女、赤軍の追っ手が日本刀を振り回しビーチで切腹を迫る、忍者や軍人のイメージが混ざった奇妙な日本人像が展開します。当時の若者にとって日本はお洒落なサブカルチャーの輸出国だが、遊ぶにはいいとしても結局は信用できない相手だっていう。漠然とした不信感の対象だから紋切り型のつぎはぎにしかならないんだろうと思うのですが、たどたどしい日本語の台詞を聞きながら、そんなもやもや感が妙にリアルに迫ってきました。


関連リンク:
ASIAN CROSSING「製作から23年後の『烈火青春』公開に寄せて」(イェンさん) パトリック・タム監督のコメントを含む、政治的背景の解説。
GET HONG KONG私のおすすめ『烈火青春』(中田圭さん) パトリック・タムとウォン・カーウァイ組の関係。

* 正確には従姉弟同士。冒頭のやりとりでは淡い恋愛感情もありそでなさそうだったのに、まったく発展しませんでした。
posted by 出口 at 18:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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